東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)206号 判決
原告の請求の原因及び主張のうち、一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
そこで審決にこれを取消すべき違法の点があるかどうかについて考える。
原告は、本願特定発明におけるガラス質物品の温度と被覆剤の蒸気の温度の差と、第一引用例における両者の差の間には相違があり、その相違によつて、本願特定発明においては被覆剤の被覆が一様な厚さの薄い被膜となるのに対し、第一引用例においてはその温度差による被覆剤の凝縮により、区々な厚さの被膜となるところ、審決は本願特定発明と第一引用例におけるガラス質物品の温度のみを比較し、蒸気の温度については比較しないで、両発明間には処理温度において異なるところは認められないとし、その結果ガラス質物品及び被覆剤蒸気が接触して生ずる被覆の付着状態についての認識を誤つている旨主張する。
しかしながら、第一引用例(成立について争いのない甲第四号証)において、ガラス質物品(ガラス容器)の温度と被覆剤の蒸気の温度との原告の主張するような差により、被覆剤が凝縮して区々な厚さの被膜となるという点についての証拠はない。原告の主張は、第一引用例に「表面平滑用有機材料はこのガラス面に“condense”して――原告はこれを「凝縮して」と訳する――所要の被覆又は被膜になる。」とあるのを根拠として、第一引用例においては、表面平滑用有機材料(蒸気)が凝縮するから、被膜が区々の厚さとなると推測することによるものと考えられるところ、第一引用例の発明の目的とするところも、審決が認定するごとく、本願特定発明の目的とするところと同じく、ガラス質物品に薄い被膜を形成することにあると認められるところ、そのような目的をもつ発明の明細書に出願人がcondenseという語を使用して、これにわざわざ原告の主張するような、被覆剤が凝縮して区々な厚さの被膜となるというような意味をもたせているものとは到底考えられず、また、第一引用例に他にその趣旨が記載されていることを推測させるものはない。
そうすると、審決は本願特定発明と第一引用例とのガラス質物品及び蒸気の温度差の相違を無視した違法のものであるとの原告の主張は、結局において理由がないことになる(なお、本願特定発明の明細書の特許請求の範囲中には、右の温度差のことはなんら記載されていないから、本願特定発明における温度差と第一引用例の発明における温度差の相違をもつて、両発明の無視すべからざる相違点であると主張することはできない。原告が相対的温度条件として記載してあるものとして引用する特許請求の範囲中の文言は、ガラス質表面の温度について述べたものであつて、蒸気温度についてのものではないと認められる。原告の主張は理由がない。)。
原告は、さらに、本願特定発明は、「被覆組成物の蒸気から成る速やかに移動するふん囲気に当てる」ことを特徴の一つとしているものであるところ、第一引用例においては蒸気は速やかに移動するふん囲気とはならず、したがつて、不均一な厚さの被覆層の形成を防止するための運動のエネルギが得られない旨主張する。
しかしながら、「速やか」とは具体的にいかなる速度であるかについては、本願明細書の特許請求の範囲においてはもちろん、発明の詳細な説明中にもこれを明らかにする記載はなく、明細書に記載された発明の全体の趣旨からして、「速やかに移動する蒸気ふん囲気」とは、要するに、ガラス質表面上に蒸気が停滞することなく、ある速度をもつて移動することをいうものと解するのが相当である。
しかして第一引用例中の記載によれば、第一引用例においても、蒸気はマニホルドの孔から上方に向つて連続的に噴出し、停滞することなく、ある速度をもつて上方に移動し外部に放出されることが認められるから、その移動も本願特定発明における「速やかな蒸気ふん囲気の移動」と異なるところはないものと認められる。
そうすると本願特定発明と第一引用例においては、蒸気の移動の速さが異なるとする原告の主張は理由がない。
以上のとおり、原告の主張はいずれも理由がなく、本願特定発明は第一ないし第三引用例に基づいて当業者が容易に発明することができたものとした審決の認定に誤りはなく、審決に違法の点はないから、その取消しを求める原告の請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
(一) 蒸発させた被覆媒質を処理すべきガラス質表面上を移動させることによつて被覆組成物の薄いなめらかな被覆を施こしてガラス質表面を被覆する被覆形成法において、ガラス質表面をなめらかな被覆を生ずる非金属有機被覆組成物の蒸気から成る速かに移動する蒸気ふん囲気に当て、このガラス質表面の温度を蒸発させた被覆組成物がガラス質表面へ凝縮するのを防止するのに充分な高温ではあるがしかし被覆組成物が高いエネルギ状態において単分子層の状態でガラス質表面に付着するのを許す充分な低温に保ちながら被覆組成物をガラス質表面に分子間作用により付着させるようにし、余剰の蒸気は前記ガラス質表面上を通過した後これを反覆循環させ、該ガラス質表面上を繰り返し導くことにより、このとき減少したエネルギしか利用できないため、かなり大きく減少した割合で付加的被覆を形成するようにしたことを特徴とする被覆形成法。
(二) (イ)おおい付きの囲いと、この囲いを通過するコンベヤ部片と、前記囲いの内部に連通し、非金属有機被覆材料の供給源から該被覆材料の蒸気を形成する蒸気装置と、蒸気かきまぜ機と、蒸気を前記蒸気かきまぜ機からガラス質物品と接触する状態まで導き次いで反転して蒸気を前記蒸気かきまぜ機にもどすダクトと、前記おおい付きの囲い内に配置されその内部に熱を供給し該囲い内の被覆材料を蒸気状態に保つ帯状加熱部片とを備え、(ロ)被覆組成物を蒸発させ、これを前記コンベヤ部片上で前記囲いを通過する各ガラス質物品の付近に導き、さらにこれを前記囲い内にある間、化学的に変化しない被覆組成物から成る一様な被覆が前記ガラス質物品に形成されるのを促進するためにかきまぜると共に、(ハ)最初に前記ガラス質物品に被覆されなかつた蒸気をこのような被覆を形成するようになるまで反覆循環させるようにした、ガラス質物品に薄いなめらかな被覆を形成する被覆形成装置。